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中途失聴した経緯

2012年7月12日 (木)

中途失聴した経緯12

ふとfacebookを見ていると、知人が点滴中の腕の写真をアップしてるのを見て!
そういえば、俺の入院中の写真アップしてたっけ?


おたふく風邪の合併症のムンプス難聴の治療のために入院してた時の写真がこれ!


1枚目は、なんか大げさなんですが、点滴しつつ鼻から”酸素”を入れてもらってます。
(入院4,5日目くらいかな?大部屋に移ってから知人に撮ってもらいました)
At_hospital1
失聴した耳、その周辺の血中の酸素濃度を高くするために鼻から酸素入れてました。



2枚目は、点滴中(血管拡張剤)の腕!
At_hospital2
入院3日目くらいまでは、血管拡張剤の点滴してから、ステロイド剤の点滴をしてまして、その時の血管拡張剤を点滴してる時の腕です。
(入院2日目くらいかな?おたふく風邪の感染予防のため個室に入れてもらってる時に撮りました)
これは、そこそこ痛くて、点滴スピードを結構遅くしてもらってましたがこんなに真っ赤になっちゃってました。
血管(静脈)がどこを通っているのかが肩周辺くらいまで一目瞭然でしたよsmile



まさか、こんなおいしいネタをアップしていなかったとは…



ブログのアルバムにも入れておこうっとhappy01

2011年12月 1日 (木)

中途失聴した経緯11

2011年2月17日(木)
実家へ報告
とりあえず両親に、現状の報告とこれからについて話しておく必要があるだろうと思って、
神戸へ帰省した。
僕「17日に帰って報告するわ!」
親「17日はプールがあるから昼過ぎにしてもらえるか?」
僕「あっ、あぁ~、分かった。昼過ぎね。」
僕は、あまり違和感を感じなかったこのやり取りは、後々、色んな人に話すと結構驚かれた。

「自分の息子の一大事なのに、呑気な親やねぇって」
そう言われていたのだが、次第に…
「まぁ、その楽観的な親のおかげで、(僕自身の)気持ちが楽になったんじゃない?」
「親の性格を引き継いだから、今、それだけ前向きに生きてるんじゃない?」
と、その評価が変わっていきました。

なんとも、人の評価ってのは色々と変わって面白い。

以上で、「中途失聴をした経緯」はひとまず“お・し・まい”

中途失聴した経緯10

2011年2月16日(水)
久々の出勤!
子どもたちが分かりやすいように、
『右耳に“×印”』が付いた耳あてを画用紙と輪ゴムで作って…さぁ仕事!

子「これなにぃ~?」
僕「バイキンマンにやっつけられて聞こえなくなったの!」
僕「だから、こっちに話しかけてね!」
子「ふ~ん。分かった!」

子どもってホントに素直なもんで、お友だちにも教えてあげたりしながらいっぱいお話してくれました。

だけど!!
・声が頭の中を響いて響いて!まぁ、しんどいったらありゃしない!
・他の職員がしゃべってる声が周りの音に混じって聞こえない聞きとれない!
・どこで音がした?どこから呼んだ?誰が呼んだ?全くわかりゃしない!
・めまいでフワフワ、フワフワしてたら、あぶないったらありゃしない!
そんなこともあって、上司に相談して、以後は事務作業を専門的にさせていたくことに…
ホントにみんなに迷惑かけました。
でも年度末ってのが不幸中の幸いで本当に良かった

中途失聴した経緯9

2011年2月15日(火)
退院!
結局
・聴力は回復せず(右耳110dB、左耳20dB)
・めまいは治らず。
「お大事に!」っと手を振られました。

一人でたくさんの荷物を持って、フワフワ~ッフワフワ~ッとズレながら歩いて家まで帰りました。

家に帰ると、入院中に洗えなかった肌着や下着を洗濯して…
入院前までヘロヘロになりながら過ごして散らかった部屋を整頓して…
はいっ終了!って久々のmy布団でグッスリ寝ました。

中途失聴した経緯8

2011年2月8日(火)~14日(火) 入院期間中
治療の点滴は、だいたい5時間~8時間くらい毎日行われ…
その所要時間は、看護師さんの決める点滴スピードに依存していた。
立ちあがって、移動したり、起き上がっていると点滴スピードが遅くなる事を発見!
まさに、高校の物理で習った“位置エネルギー”によるもので、高低差がある方が点滴は早く落ちる!!
それを知って以降は点滴中はベットでおとなしく寝っ転がって『iPhoneで検索!検索!』ってしてました。

病院食は…非常に美味しかった。
多少、量的に物足りなさを感じたが、それも、ゆっくり噛んで食べるようにすると気にならなくなった。
毎日毎日美味しいご飯が決まった時間に出てきて、後片付けもしてくれる!
なんて幸せんなんだろうって一人で食事のたびにニンマリしてました。

お見舞いは…幸運な事に、毎日誰かしらが来てくれた。
医療事務で入院してる病院に勤めてた園児の保護者に始まり、職場の同僚多数。
みんな心配して来てくれた。なんとも良い人たちに恵まれましたわ。

失聴直後から生じていた「めまい」は、おたふくのウイルスが三半規管にもダメージを与えたらしく、
治まることもなく、毎日フワフワ~ッ、フワフワ~ッと揺れていました。
まっすぐ歩くとも難しく、2,3歩進むとフワッと勝手に足がズレ…
右にズレたり、左にズレたり、前によろめいたり、後ろによろめいたりしてました。
そのおかげで壁!手すり!あれは世紀の大発明だね!っと一人でありがたがってました。
医者いわく「体が慣れますので…、慣れるのを待つしかありません」

個室は、残念ながら3日程堪能すると、熱も下がって、
おたふく風邪をうつす危険性が低くなったことから追い出されて、その後は大部屋へ…

聴力は、ときどき聴力検査を行いましたが回復の兆しは全く見られず…

僕って?自分の状況をどう説明できるかよく考えました。
・右耳が全く聞こえない
・左耳は今まで通りよく聞こえる
片耳だけ全く聞こえない=片耳ろう?
両耳が聴こえるわけではない=難聴?
人生の途中で聴力を失った=中途失聴?
調べていくと、『ろう・難聴』という表現は“生まれつき”な人がよく使っているらしい。
その結果『中途失聴』という言葉に落ち着きました。
“失聴”だけど、左耳は聞こえるよ!

中途失聴した経緯7

2011年2月7日(月)昼以降
入院での右耳の治療が始まった。
個室なので携帯OKでとっても快適!

まずは、職場に連絡、そして親に連絡。
親「大丈夫か?見舞いに行こか?」
僕「神戸からは遠いし来なくてええで。来るんやったら横浜観光でもするついでに来て!」
結局、入院中に両親が見舞いに来ることは一度もなかった(^^;)

その後は、暇にまかせてiPhoneを使って検索!検索!
キーワードは、
「おたふく風邪・難聴・ムンプス難聴・治療・原因・病院・聴覚障害・障害者手帳」
出てくる内容は、
・聴力回復は困難
 1/3はそのまま失聴、1/3は少し回復、1/3は回復…だったかな?
・片耳だけでは障害者手帳あもらえない
・説明してもらった治療方法は適切な治療である
あんまり良い内容の検索結果は見つかりませんでした。

治療はもっぱら点滴!
まず、血管拡張剤を1~2時間程かけて入れて、その後にステロイド系の点滴を数時間。
“聴こえなくなった耳周辺へ酸素をたくさん送りこむ”為にしているとか…
この血管拡張剤が痛いのなんの!
腕のどの辺に血管が通ってるかが一目でわかるくらいに、血管が真っ赤になってました。
痛さを抑えようと点滴スピードを遅くすると…いつ終わるねん!ってなっちゃうし。
結局、それ以降僕は“痛さ”を選びました。

中途失聴した経緯6

2011年2月7日(月)
朝一番で、総合病院の耳鼻科と泌尿器科を受診しにいった。

泌尿器科では…
「睾丸の腫れは、おたふく風邪の場合と張れる場所が違うからバイ菌によるものだと思います」
とのことだった。

その後、耳鼻科へ、
まず、高熱が出て、耳が聴こえにくい?聴こえていない?ことを伝えた。
すると、血液検査・聴力検査へと導かれた。
聴力検査時には、“ポチっ”とボタンを押して、聴こえたことを知らせるはずが…
右耳のときには全く押せず。まぁ!ビックリ!
それらの結果をお医者さんが眺め、僕にも見せながらこんなやり取りが始まりました。

医「血液検査の結果、まだ確定ではないですが、アミラーゼの値が異常に高くなっています。これはおたふく風邪特有の状態なので、まず間違いなくおたふく風邪でしょう!」
医「それから、聴力検査の結果ですが、右耳はほとんど聞こえていない状態ですね、めまいとかはありますか?」
医「おたふく風邪の方は、安静にしていたら治まってきますが、耳の方は…」
医「できるだけ早くに治療をした方がいいです。今日から入院しましょう!」
僕「へっ?今日から入院?」
僕「まぢっすか?」
僕「耳は聴こえるようになるんですか?」
医「おたふく風邪の難聴の場合、難しいかもしれません、早く治療をすることが大切です」
僕「ふ~ん」
僕「じゃぁ入院します。宜しくお願いします」

ってな感じ。
それから、入院手続きが進む間、僕はおたふく風邪をうつさない様に、ちょっと隔離されながら待ち…
その後、大部屋と同じ価格で個室に隔離され入院開始。

当然、入院に必要な衣類等一式を準備してくれる人もおらず、
病院食の昼食を頂いた後に、早速一時帰宅させてもらって入院準備をしたのでした。

2011年11月23日 (水)

中途失聴した経緯5

2011年2月6日(夜)

僕はかなり学習してきていた…

熱が上がる周期=イブプロフェン(解熱剤)の効果を身をもって学んでいた。

しかし困ったことに、処方された投薬量では、間に合わない!! 熱が上がって猛烈に辛くなる!! 昨晩のガチガチ・ガタガタはもう嫌だった。

ネットで調べると…成人男性に対する処方量は、もう少し飲んでも大丈夫っぽかった。

調べた処方量の上限にいかないように、自分で時間を見て、薬を飲んでを繰り返しながら無事に朝を迎える事が出来た。

中途失聴した経緯4

2011年2月6日

昨夜のこともあったから、休日診療している病院を探した…

バスで30分+電車で20分+さらに徒歩10分

こりゃ無理だ!

仕方がないから、近くの総合病院の救急に電話で症状を伝え、受け入れてもらえないか聞いてみた。

「専門の医者がいないから受け入れられない、月曜の朝一にきてください」

あと一日耐えるしかないのかぁ…

日中は、イブプロフェン(解熱剤)のおかげで38℃前後まで熱が下がって多少動くことができたので、その間に水分補給!栄養補給!と徒歩2分のドラッグストアに買い出しに出かけて夜に向けての臨戦態勢を整えた。

中途失聴した経緯3

2011年2月5日(夜)

熱がさらに上がりだした。

日中は38.5℃程度だったのに、39度超え!

未明には、40℃を超えた!

体験したことのない悪寒が走り、ガチガチと歯を鳴らし、ガタガタと全身が震えた。

周期的に悪寒に襲われ、明け方近くまでガチガチ、ガタガタ…その異常さに逆になんか面白かった。

こりゃなんかやばい!と感じたけど、なす術無しで、布団の中で一人で耐えた…

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